翠星のガルガンティア
自分の宿敵が同じ人類を起源とする生物と知って戦意を喪失するレド。


翠星のガルガンティア 確かにあんな映像を見てしまって、かつヒディアーズの幼生のあの姿を見てしまったら誰でも躊躇する。
でも、地球に来たばっかりの時のレドならば、そうはならなかったように思う。
起源がどうとか関係なく、自分の使命を忠実に全うしようとしたんじゃないか。
実際、最初の方で海賊を消滅させておいてなんらそこに感情というものは無かった。
ガルガンティアでの生活の中、そこで生活するものたちとの交流によって、レドに新しい価値観を芽生えさせたのは確実であり、命というものの尊さを無意識の内に理解するようになっていったんだろうなぁ。

前回チェインバーが子どものヒディアーズを無情にも握りつぶした時、チェインバーの無慈悲さパネェと思ったけど、今回レドに語ったチェインバーの見解は至極理論的であり、まっとうな考えだと思った。

いくら起源が同じだからといって、相容れられないものが絶対的に存在していると。
その最たるものが、知性の有無。
人類は肉体の脆弱さの代わりに、知性を進化させ、チェインバーのような強力なマシンキャリバーというものを生み出した。
一方でヒディアーズは人間の姿を捨て、自分自身を進化させてどんな環境でも生きることができる強靱な肉体を手に入れた。
その代わりに知性というものに頼る必要がなくなり、文明的な生き方も当然必要なくなった。
いわば生物としては究極の状態を手に入れたということ。

その究極生物との争いは言い換えれば人類の尊厳を守る戦い、これを放棄することはすなわち滅亡を意味する。

人類が氷河期という絶対的なピンチを切り抜けるための方法として2つの方向を持ってしまい、その2つの勢力はどちらも相容れることが出来なかった。
その時の確執というか宿命が、現在も引き継がれているわけだけど、確かに元は同じ人間同士だったかもわからんけど、相手がこちらを滅ぼそうとする限りは戦わざるを得ないわけで。。。
どちらかが滅ぶまで続くデスマッチなんですね。

結局、ガルガンティアとかで生活している地球の人たちは、どういう流れの人たちなんだろうか。
かつての話からして、ヒディアーズになった人類と、フォールドシステムで宇宙に逃げた人類がいたとして、地球に残留した人類の生き残りという位置づけでよいのかな?
氷河期を生き抜いた生粋の人類ということなのか。。。

翠星のガルガンティア 翠星のガルガンティア 翠星のガルガンティア 翠星のガルガンティア ってな感じでいろいろ考えながら見てたら、まさかの別のマシンキャリバー登場!!!
うへっ!?マジすか!?

しかも、この従えてる人間たちが完全に宗教徒みたいになっているので、確実にこれはマシンキャリバーの強さを武器に崇拝させ、宗教化していると見た。
そりゃ、この地球でチェインバーみたいなのを持ってりゃ、自分の力として悪巧みするやつが出てくるわな。

もしかすると、最終的にはマシンキャリバー同士の戦いになると言うのか!?
そうなったら、もう起源が人間同士とかいうレベルじゃねー!
友軍同士の殺し合い!?

そうはならないよう祈っておこう・・・。